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デジタル戦略のタオ

Performance デジタル戦略のタオ
世界中のビジネスの中でも、特に消費財セクターは、デジタルによる破壊的イノベーションに直面しています。しかし、デジタル化戦略がEコマースへの投資に限定されているように、事業戦略全体の中でも二次的要因にすぎないと考えている企業が少なくありません。日進月歩の市場では、顧客との結びつき、顧客へのサービス提供、顧客の理解をより一層実現させるためのデジタルアプローチをビジネス戦略の核に置く「タオ ― 道 ―」、すなわち原則に従う企業が勝者となるでしょう。

著者:
EYインド、デジタルアドバイザリーサービス、ディレクター
Srinivas Yelandur
和訳監修:
EYアドバイザリー株式会社
マネージングディレクター 宮崎 信秀
ディレクター 海保 理子

「タオ」または「ダオ」は、道、道筋、経路、そしてより大まかに言えば主義、原則を示す中国の概念です。デジタルの世界では、タオは事業戦略の原則を定め、最終目標を達成する原動力となります。 デジタル化した世界で最終目標を達成する道、またはタオは、成長をもたらすアイデアへの投資、効率性の確立、事業の最適化、新たな製品やサービスをもたらすイノベーションを指します。

戦略と戦略的思考

戦略とは、不確実な状況下で1つまたは複数の目標を達成するための高度な計画です。ビジネスにおける戦略とは、競争やプレッシャーに直面した組織が企業戦略、成長戦略、業務戦略などのさまざまな形態を活用して優れた成果を実現することを意味します。それらの戦略に新たに加わるのが、デジタル戦略です。デジタル戦略は、組織のデジタル化に向けた取り組みやプログラムに投資することで、企業利益を最大化するための計画を策定するのに役立ちます。

全ての戦略にはビジョンと目標がなければなりません。例えば、ABC社の戦略的ビジョン、またはミッション・ステートメントが「20/20」計画だったとしましょう。つまり、年間売上成長率を20%、利益率20%以上を目指すというのです。このように戦略的展望またはビジョンを策定しつつ、それが戦略的に優れているのか、誤った戦略選択なのかを前もって率直に判断することが重要となります。稚拙な戦略は優れた戦略の欠如だけでなく、特定の誤解やリーダーシップの機能不全から生じます。

これに対して、優れた戦略とは議論に裏打ちされた筋の通った活動であり、診断、方針、活動という根本的な構造を伴った思考の効果的な組み合わせといえます。しかし、戦略的思考では、型にとらわれない視点を奨励し、自明のことに挑戦し、普通とは異なる考え方や創造的なソリューションを培うことが重要です。これと似ているのが、戦略的思考家兼戦略リーダーであるエドワード・デボノが提唱した「水平思考」 です。デボノは、水平思考とは1つのアプローチにこだわるのではなく、様々な視点から間接的に問題へアプローチすることにより問題を解決する手法であると定義しています。デジタル戦略は、戦略的思考と水平思考のバランスを取りながら期待される成果と実践的な導入とを結び付ける接着剤と考えることができます。

あらゆる戦略にはビジョンが必要です。デジタルビジョンはより広義の事業戦略の一環として、デジタルチャネルの役割、ターゲットとなる顧客や事業成果を定義します。ビジョンはデジタル活動すべてに影響を及ぼす主要な判断基準となり、測定可能な成果目標に分解されます。デジタル戦略は、まず、全体を定義し、このビジョン達成に必要な課題の概要を提供します、次に既に特定した障害を克服するための指針を選択し、最後に当該戦略と整合性のあるデジタル化を通じてその指針を実行するための一連の活動を提供します。

消費財セクターでは、デジタルによって消費者や購買者が中心的存在になるとともに、バリューチェーンの進化を促す原動力となっています。

デジタルという未来の構築

デジタルビジネスは、デジタルと経営資源を新たな形で組み合わせることで収益と成果を生み出します。優れたデジタルビジネスは一連の複雑な選択や困難な決断を経て、革新的な取り組みを実現します。デジタルビジネスは企業のリーダーに新たな疑問を投げかけることで、彼らがなすべき決断や負うべき役割に変化をもたらしています。破壊的イノベーションが、異業種からの新たな競争相手の台頭を招いているのならば、今日のCEOは「自社の立ち位置の強化や新規市場への参入、事業の成長のためにデジタル戦略をいかに利用できるか?」といった戦略上の問題に焦点を置く必要があるでしょう。

EYは、企業は変化を経験し、デジタルという未来に向けて自らをどう構築していくべきか、検討する途上にあると考えています。変化という力は顧客やビジネスモデルに影響を及ぼしており、組織には、そうした新たな現実に対応したデジタル戦略が必要となっています。企業目標を達成し、あらゆるチャネルにわたる相乗効果を生み出すために、デジタル戦略は適切に策定・統合する必要があります。

デジタル戦略の明確化と定義にあたっては、まずは問題を特定する必要があります。問題の特定には、経営状態や課題についての理解が必要であり、そのためには、問題の定義、「イシューツリー」への主設問の分解、各課題に対する仮説の構築、仮説検証のための分析が必要となります。図1は、デジタル戦略フレームワークの構築におけるEYのアプローチ例を示しています。

図1. デジタル戦略の重要要素

(下の図をクリックすると拡大します)

消費者や購買者と常にリンクしたビジネスモデルの開発は、業績だけでなくロイヤルティやアドボカシーの向上にもつながります。

デジタル化の事例 -- インド

ではここで、インドの消費財セクターにおけるEコマースの例を見てみましょう。インドのEコマースエコシステムには、独自の原動力を持った多様な人々が関与します。例えば、Eコマースまたはマーケットプレイスを「専門」とする企業、チャネルとしてEコマースを販路の1チャネルとして提供する従来型の企業、および決済ソリューションプロバイダーなどが存在します(図2参照)。Eコマース内のブランドに関するデジタル戦略では企業全体および業務戦略によって決定される多くの要素が絡んできます。

一般に、組織の戦略に対するアプローチは、提携関係や業務能力により異なります。消費財セクターでは、デジタルによって消費者や購買者が中心的存在になるとともに、バリューチェーンの進化を促す原動力となっています。明確なデジタル戦略とビジョンを兼ね備えたブランドは、いち早く成功を収める可能性があります。

Eコマースセクターは急速に進化しており、そのエコシステムに関与するすべての組織や人々は定期的に戦略を見直し続けています。こうした変動的な性質があるため、ブランドは需要と投資の両面を見据えた長期的な計画を立てることが難しいという問題に今も直面しています。

これらのブランドやエコシステムに関与する人々に尋ねたところ、インドのEコマース領域で競う際にもっとも重要な課題として以下の三つが挙がってきました。

  • 困難な成長
  • コスト管理の難しさ
  • 変化する消費者行動

検討すべき抜本的問題としては以下を挙げています。

  • 企業戦略の明確化
  • ポートフォリオ全体におけるチャネルの役割の決定
  • 新たなマーケティングと宣伝戦略の策定
  • 店舗運営におけるマルチチャネル体験、またはオムニチャネル体験の構築
  • 俊敏なサプライチェーン運営
  • 小売業者およびサプライヤーとの関係の途絶

市場でもっとも力を握る存在となるのが、オンライントラフィックと市場シェアの大半を押さえた者であり、そうした人々が購買力増大により取引条件の交渉も有利に進めることができるようになります。マーケティングに多額の費用を投じているだけでは、オンライン空間で展開されるブランドは、市場で競争し顧客を集めることができません。Eコマース企業の大半は、直面する厳しい競争や顧客獲得を最大化するレースのために、「価格で勝負」せざるを得なくなっています。その結果、ブランドによってはマージンが僅か、またはゼロとなり、マーケティング予算の大半が顧客を維持するための従来型モデルに費やされています。

図2. 多様な人々が関与するインドのEコマースエコシステム
図2. 多様な人々が関与するインドのEコマースエコシステム

デジタル戦略によって企業は消費者との「距離を縮める」ことが可能となります。Eコマースへの投資だけではさらなる成長は望めません。

デジタルの重要性

今日の世界でEコマース空間におけるデジタル化の機会を支えているのがモバイル端末およびモバイルプラットフォームで、ベンダーはスマートフォンやタブレットを利用して目覚ましい成長を享受しています。ベンダーはこのようなツールを効果的なマーケティングプラットフォームとして活用し、新規顧客の獲得や自社製品やプロモーション施策の認知度向上を図っています。

あらゆる年齢層の消費者を対象とするワンストッププラットフォームとして、企業のソーシャルメディアの導入は増加しています。ベンダーはデータアナリティクスツールを活用してソーシャルネットワーキングサイトから消費者データを分析し、消費者の好みや嗜好から付加価値のある洞察力を得て、Eコマースセールスの促進につなげています。

大都市やそれ以外でのデジタル消費者基盤の拡大を受けて、企業はまだまだ、顧客基盤が拡大する余地を多く残していることに改めて、気が付きました。可処分所得の増加を考慮すると、大都市以外の都市では大きな成長が期待できます。ターゲットとなる顧客基盤や市場需要の理解に投資しているベンダーは、それらの都市における未開発市場をより効果的に開拓できるとみられています。

消費者セクターのあらゆる企業にとっての成長とは、図3に示すようなバリューチェーン全体にわたるデジタル投資といえるでしょう。消費者ブランドに関するデジタル戦略の選択において非常に重要となるのは、まず最初に成長戦略への投資計画を立てることです。マスセグメントを確実にターゲットに据えられれば、自ずと市場の成長に合わせて売上を伸ばすことに繋がり、それこそ最適な始め方です。

成長をもたらすものは消費者や購買者との結びつきです。消費者や購買者と常にリンクしたビジネスモデルの開発は、業績だけでなくロイヤルティやアドボカシーの向上にもつながります。顧客との親密な関係の構築は、オムニチャネルに関するデジタル戦略で不可欠なものの1つです。なぜなら、最終的な成否は顧客にかかっているからです。時間や場所、方法を問わず消費者や購買者とブランドを結びつけることで、彼らを単なるブランドの認知者からブランドアドボケーターへと変えることができます。

デジタル戦略によって企業は消費者との「距離を縮める」ことが可能となります。Eコマースへの投資だけではさらなる成長は望めません。デジタルマーケティング、ソーシャルメディア、位置情報サービスなどの分野では、ブランドおよび顧客サービスの強化を目的とした補完的なデジタル投資が必要となります。

また、TwitterやFacebookなどのデジタルチャネルを活用した消費者との双方向の対話も重要な検討事項となります。

事業を拡大・縮小するためには、ビジネスに俊敏性を備えることが重要です。適切なデジタル投資を行った企業は、市場に多大な影響をもたらすことも可能となります。例えば、市場シェアの拡大を目指すほとんどの企業に見られる破壊的イノベーションのトレンドの1つとして、モビリティの成長とインターネットの普及が生み出した機会の開拓があります。世界中の消費者へのモバイルテクノロジーの普及は、企業が成長する道程で多角化をもたらしています。

こうしたモバイルを活用する消費者をターゲットとすべく、ブランドに関してデジタルマーケティングの取り組みへ積極的な投資が進められています。「マス広告(ATL: above the line)」、「ATLとBTLの複合型(TTL: through the line)」、「セールスプロモーション(BTL: below the line)」などの伝統的なマーケティング戦略は、ビジネスにおける仮想世界と現実世界を曖昧にする他のマーケティング手法と補完関係にありました。新しいビジネスではソーシャルマーケティング、モバイルマーケティング、オンライン広告戦略が重視されています。

成功を収めたブランドは、チャネル、ソーシャルリスニング、顧客サービスへの投資やそれらにより促進された消費者のブランド体験(チャネルを越えたブランド体験)を通じて強力かつ整合性のあるデジタルプレゼンスを獲得しており、さらに継続的な消費者とのエンゲージメントとコミュニケーションを通じて消費者のシームレスな体験を実現しています。

図3. デジタル化で重要となる取り組みおよび投資

(下の図をクリックすると拡大します)

デジタル戦略を企業の顧客戦略と統合することで初めて、消費者の獲得、市場への対応、戦術的活動の定義、目標の達成、そして顧客のライフサイクルに合わせた優れたエンゲージメントが可能となるのです。

顧客中心の未来

結局のところ、消費財業界のビジネスにとってこれらのことが意味するのは、顧客が(自分の好きな時間・場所で利用可能な)チャネルを越えた新たなレベルの体験を期待するようになったということです。消費者の期待に応えられない企業は見放され、新たなテクノロジーの導入は、さらなる生産性の改善と、より苛烈な価格競争を引き起こします。顧客に関する洞察を追い続け、収益化することが、このビジネスゲームにおける重要な差別化要因となるでしょう。

能力要件は状況に変化をもたらし続け、企業はより優れた体験とデジタル投資で他社と差別化を図っていく必要があります。

結論として、今日の企業におけるデジタル戦略のタオとは、企業目標を理解し、デジタル能力への投資を通じてビジョンの達成に寄与する短期的/長期的アプローチを開発することといえます。デジタル戦略を企業の顧客戦略と統合することで初めて、消費者の獲得、市場への対応、戦術的活動の定義、目標の達成、そして顧客のライフサイクルに合わせた優れたエンゲージメントが可能となるのです。

【脚注】

  • 1 "Lateral Thinking and Parallel Thinking™," Edward de Bono website, www.edwdebono.com/debono/lateral.htm, accessed September 2015.

記事元(英文):
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